髙安学担/髙安学生会

「ほっと一息」

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先日、私の教会では、秋の大祭を勤めさせて頂きました。
新型コロナウイルスの影響で、なかなか人が集まることが出来なかった為、月次祭も私の家族と近くに住んでおられる信者だけと、なかなかおつとめの手を揃えることが難しい日々が続いていました。
そんな中、先日つとめさせて頂いた、大祭では、おてふりも鳴り物も全部揃えて勤めさせて頂くことができました。久しぶりに全部揃ったおつとめを勤めることができて、純粋にとても嬉しいな、と感じました。
日本に限らず、世界では、まだ新型コロナウイルスが猛威を振るっています。
中々、人に会えなかったり、外出するのを躊躇ったり、以前のように生活出来ないことにストレスを感じることがまだまだたくさんあると思います。当たり前だと思っていたことがなかなかできなくなって、初めて気付くこともたくさんあると思います。私も、月次祭の日が来れば、信者さん方が教会に来ておつとめを勤めることが当たり前だと思っていたように思います。
当たり前だと思っていたことでも、親神様から頂いていているたくさんのご守護があり、毎日たくさんのことに感謝できるのだなとコロナ禍を通じて改めて感じさせて頂きました。そして、私は日々のどんな些細なことでも、感謝して通れるような人になりたいと思いました。
     2020/10/22  K.N


   「ごめんね」と「ありがとう」
 私は今保育士として働いています。自教会の信者さんに保育士の方がいて、どれだけ素直に「ごめんね」「ありがとう」が言えるかが、私たち大人にとっても、子どもにとっても大切だよねという話をよくしています。
   私の両親は、里親をしています。そして、我が家には今、三人の里子がいます。みんな「ありがとう」は比較的言えるのですが、「ごめんね」がなかなか言えません。その一言で解決することが、自分の気持ちを曲げられず「ごめんね」が言えないことで、問題が大きくなってしまうことが多々あります。その都度、両親や私が理解してくれるよう話をしています。「ごめんね」と言われれば、良くないこととわかってくれたんだなと思い、「ありがとう」と言われれば、嬉しい気持ちになり、またしてあげようという気持ちになると思います。なので、私自身もお手本となれるよう、「ごめんね」「ありがとう」をしっかりと言葉にし、里子たちとともに成長していきたいなと思っています。
  2020/10/15    M.T

 
   朝夕涼しくなってきましたが、皆さん体調を崩してないですか?
今日を元気に過ごせることは本当にありがたいことですよね。
 わたしは今年の春頃、環境の変化から短期間で急激に体重が減って体調を崩してしまいました。自分では、少し休めば元に戻るだろうと思っていたのですが、思いに反して状態はどんどん悪化していきました。
この春から新たな環境へ飛び込んで、更なる成長を!と思っていた事もあり、予想もしていなかった、今まで経験したことのない精神的にも体力的にも不安定な日々は辛いものでした。
 『この体は神様からのかりもの、心ひとつが我がのもの』と聞かせて頂き育ってきたものの、この時ほど自分の力で出来ることは何も無く、親神様の大きな御守護の中で生かされているんだなと実感したことはありません。
 また元々周りの方に頭を下げて、休ませて欲しいと伝えることが苦手なわたしなので、そんな私の心を見ておやさまは、心を変えるチャンスを与えて下さったのだと思います。
 この節を通して、大勢の方に支えられ、温かい大きな思いをかけてもらっていたんだなと改めて感じ、家族や友だち、お道の仲間の存在に心から感謝し、同時に自分は周りの方に対してその様な心を遣えていたかな?と反省させて頂くことができました。そして次は私が困っている方や悩んでいる方に寄り添えるようになりたいと思っています。
 今日も元気な体で動ける事を喜んで、自分の出来ることから感謝して、口に出して過ごしていけたら、助け合いの輪が広がっていき、陽気暮らしに少しずつ近づいていくのかなとわくわくしています!
            2020/10/8  A.H

今すごく幸せな理由
 今から7年前、髙安学生会の副委員長のご用を2年間つとめました。当時の委員長ともう一人の副委員長とは月に何度も顔を合わせては夜中まで学生会の未来について熱く語り合っていました。6年前のある日突然身上と事情が重なり、精神的に病んでしまいました。布団から出るに出られず、人と会うのも怖く身動きすら取れない状態。一番辛かったのは大好きだった学生会に参加できなくなる事でした。
 誰とも喋れなかった私、このままどこかへ消えてしまいたかった私に対して、一番最初に駆けつけてくれたのが当時の委員長と副委員長でした。私は喋れずに何時間も黙りっぱなし、夜も過ぎ明け方まで黙って隣にいてくれました。委員長が「今は何も心配する事ない。君が帰ってくるまで待ってるからな、今はゆっくり休みや」力強く優しい言葉を掛けて部屋を出て行きました。その言葉で私は救われた気がした。勝手に涙が溢れ出し何時間も止まらなかった。前を向いて進もう、大切な仲間の為にと思える様になり、私はその後大学を休学、修養科へ行き身上もみるみる回復、再び大学へ戻り、学生会に戻ったらみんなが笑顔で迎え入れてくれた。「神様はちょうど良い様にしてくださる」この事は教理として分かっているつもり。実際に事情や身上に直面すると全然いい様になっていないじゃないかと感じます。でも今は6年前の見上事情があったから本当に良かったとそう思います。委員長の言葉がなかったら私は今どうなっていたのか怖くて想像もできないでしょう。学生会があったから、お道のご用を必死でやっていたから、救ってくれた仲間がいたから、今すごく幸せに毎日通らせてもらえています。
       2020/10/1 S.N

先日、うちの高校一年の男の子が交通事故に遭いました。入学以降ずっとリモートでの授業で、やっと夏休み明けから学校に行けるようになり喜んでいた矢先でした。部活帰りの夕暮れ時で、交差点を渡っていて右折してきた車2台に立て続けに当てられたそうです。幸い怪我は足を擦りむいただけの軽傷で済ませていただきましたが、入学のお祝いにおじいちゃんに買ってもらった高価な自転車の前輪はぐにゃりと曲がってしまいました。彼はその自転車に乗って30分ほどの道のりを自力で帰ってきました。彼の怪我と自転車を見てすぐに私は「あぁ神様が守って下さった」と思いました。大難を小難にお連れ通りいただいたことを感じました。彼は幼い頃から教会に育ち、おつとめやひのきしんまた少年会行事やおぢばがえりなど参加してきてお道の教えに沢山触れてきました。今回の事故で自分に起こった事を神様からのメッセージとしてどう受けとるのか、どう繋げていくのかしっかり向き合うことが大事だと思います。人生は、何が起こるか分かりません。思わぬ事故に遭ったり病気になったり、また好ましからぬ出来事が起こってきたり・・・。そんな時に神様のご守護を感じて喜べる心が大切です。そうして通っていると、ここぞという時には神様は大難を小難に小難を無難にお連れ通り下さいます。
 髙安学生会の年間目標は「髙安の繋がりを広げよう!」です。髙安の繋がりを広げつつ、親神様にもしっかりと繋がっていくことが、喜び一杯の毎日に繋がっていくのではないでしょうか。
         2020/9/22  M.O

鬼滅の刃って観ました?
小学生の息子が「鬼滅の刃」を夢中に観ていました。何が面白いのだろうと後でこっそり何話か観てみると、なるほどこれは面白いかもしれないと思いました。
 まず、第一話で、主人公の炭治郎はいきなり家族を失います。鬼に殺されてしうのです。非常に悲しい始まりで、小学生がこんな悲しいものを観ているのかとビックリしました。
 その後のストーリーは、鬼になって生き残った妹・禰豆子(ねづこ)を人間に戻すために鬼と戦い続けていくというものです。
 主人公はずっと「家族が鬼に殺され亡くなった」という悲しい過去を背負っています。そして将来、鬼に勝ったとしても、現状維持にしかならないという現実があります。
 ストーリーに流れているテーマは「失ったものは取り戻すことはできないが、その中をどう生きるのか」だと思いました。主人公が訓練して戦っていく、けなげに生きる姿を見守っているような気持ちにさせられます。「しっかり生きよう」と決意させてくれるような物語かもしれません。
 さて、私たちの周りにも「取り戻すことができないもの」があるかもしれません。また、現在はコロナ禍にあり、これまでの日常は失われました。でもきっとこの先、以前のような人々が触れ合える生活が取り戻されるときが来ると思います。
 今、その中をどう生きるか。私たちには世界一勇気を与えてくださる天理教の教えがあります。教祖のひながたがあります。どんな暗闇の中でもどう生きるかをきっと照らしてくださることでしょう。 
            2020/9/15     Y・M

 先日、家に帰りふと部屋を見渡すと、タンスの位置が変わっていた。どんな力持ちが移動させたかというと、私の妻である。
私は正直驚き、そんな力がどこにあるのだと思った。気になったので、どうやってこのタンスを動かしたのか尋ねると、得意げに、重たいタンスの下に紙を1枚敷いてそれを引っ張ったら簡単に動くとのことだった。本当か? と疑いながら、試しにやってみた。まず、聞いたとおり、その動かしたい大きな重たいタンスの下に1枚の紙を敷いて引っ張ると、上にのったタンスも一緒にスーッと動いた。こんなに簡単に動くのかとビックリした。
私は衝撃を受けたと同時に、あることを思った。それは、人様に心を変えていただくには、そうやって自分の行いや心遣いを低く低くすることを普段から心がけることが大切だということだった。  
まだまだ続く新型コロナウイルスの感染拡大で引き起こされる複雑な状況の中、こんな時こそ必要なことは、普段の何げない暮らしの中で、優しい心、丸い心、親切な心こそが、何より大切なことであると思う。それが教祖のひながたに近づく歩みであると思う。
時が経ったときに、コロナ禍がきっかけでよいこともあったと思えるように、日々を過ごしていきたいものである。
             2020/09/08 M

陽気ぐらしをするために親神様が、私たち人間をお造り下さいました。どうすれば「陽気ぐらし」ができるのか?それは、教祖(おやさま)のひながたという姿で教えて頂いております。
私たちは毎日、色んな事をお見せ頂きますが常に共通して教えて頂いていることは「よろこぶ」という事ではないかと思います。どんな姿や、どんな事を見せて頂いても全てを受け入れ喜ぶ心が大切です。
この心を、お道では「たんのう」と教えて頂いています。「たんのう」とは、満足した心と教えて頂きます。日々に、喜びいっぱい満足の心をもって陽気ぐらしという山を登っていくことが大切です。学生会活動を通して、少しでも教祖のお心に近づく努力をする事が何よりも大切で、親神様に喜んで頂ける姿です。       

                 2020/9/1  Y.F
2020/10/2